充実していた気がしていただけだった
大学生活は、私にとって毎日大変忙しいものでした。朝は遠い学校へ通うために早起きし、2時間半かけて通学しました。あまりに通学が大変だったので、最後の2年間は親の支援で下宿することができました。しかし、忙しいのは授業に出席するためではなく、部活に参加するためだったのです。この時点で正常な判断ができていないことに気づくべきでした。私は部活でいろんな人と接することが楽しくて勉強をおろそかにしてしまったのです。
学生の本分をすっかり忘れてしまった私は愚か者でした
参加していた部活は研究系でした。大学に認められていたため部室があり、部員たちは部室に来ると大きなテーブルを囲んで座り集まってひたすら会話を楽しんでいました。ただ、悪い先輩の影響を受けてしまい授業をサボることが増え、単位の取得にも影響しそうになりました。必死に頑張り、先生にお願いしてなんとか進級することができました。
空っぽな活動
私の同級生は最初は20人ほどいましたが、部活動に時間を費やさなければならないことに気づき、半数以上が辞めてしまいました。2年生になる頃には、さらに人数は減り、卒業まで残ったのは5人ほどでした。私は意地になってしまい、最後まで部活動を続けてしまいました。部活動が就職に有利だったり単位の足しになるわけではないことが分かっていませんでした。単に頑張っている同期がいるから自分も頑張るという見栄から続けていました。現在連絡を取り合っている仲間はひとりもいません。一体何だったのかと情けないです。
社会で働く自分のイメージができていなかった
子供のままでいたい自分がありました
自己成長できない愚かな私
大学時代、私は部活以外に友達を作ることができませんでした。これはとても後悔しています。部活では先輩から話しかけてもらえたので話せていると勘違いしていたのです。自分から仲間を作る力を社会人になってから身につける必要がありました。危機感を持たずに貴重な4年を過ごしてしまったことが心残りです。友達との絆や将来のビジョンをもっと考え、自己成長に努めるべきでした。自分の頭で考えて自分の決めた努力をし、部活に頼らず仲間を作り、アルバイトをして社会経験をしたり、思い切った旅行に出かけたりと、様々なことにチャレンジすべきでした。このころは研究室の先輩がこつこつ努力していたり、大学院へ進学を決めた友達のことがとても地味に映っていました。なんと愚かな私だったのでしょうか。3回生の夏までは研究室の同級生から声がかかっていたと思いますが、だんだんと機会は減ってしまいました。自分から声を上げていく努力も全く足りませんでした。
もし過去に戻ることができるなら、部活に多くの時間を割くのは辞め、教室にいる友達に自ら話しかけて、多くの本を読んで将来の自分を想像する時間をもっと取るように過去の自分に言いたいです。将来の自分に想像力を働かせ、社会経験を少しでも積み、友達と成熟した関係を築けるよう努力すべきでした。心の中が空っぽだったのは、大学時代の悪い習慣のせいかもしれません。
もったいない大学生活を送ってしまいました
50歳を目前にした今になって、過去を振り返り、日々自分の中で整理することが大切だと気づきました。自分自身を変えるチャンスがあれば、真摯に取り組みたいと思います。大学時代は私にとって覆い隠したいほど情けない時代です。それを乗り越え、成長していきたいです。
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