毎日が充実していると思い込んでいた大学時代。あれから何十年も経った今になって、ようやくその日々を冷静に振り返ることができるようになりました。振り返るたびに胸がチクリと痛むのですが、今日は少し勇気を出して、あの頃の自分のことを書いてみようと思います。
充実していた「気がしていた」だけの日々
大学生活は、毎日とにかく忙しいものでした。片道2時間半もかけて通学していた時期もあり、朝は早起きして家を出る日々。あまりに大変だったので、最後の2年間は親に支援してもらい下宿をさせてもらいました。
ただ、この「忙しさ」の正体が問題でした。私が必死に時間をやりくりしていたのは、授業に出るためではなく、部活に参加するためだったのです。今思えば、この時点で何かがおかしいと気づくべきでした。
参加していたのは研究系の部活で、大学公認だったため部室もありました。部員たちは部室に集まると大きなテーブルを囲み、ひたすらおしゃべりを楽しんでいました。いろんな人と接することが楽しくて、学生の本分である勉強をすっかりおろそかにしてしまったのです。悪い先輩の影響も受けて授業をサボることが増え、単位の取得も危うくなりました。先生にお願いして、なんとか進級できたような有様です。
同級生は最初20人ほどいましたが、部活動に時間を取られすぎることに気づいた人たちから順に辞めていき、卒業まで残ったのはわずか5人ほど。辞めていった人たちの方がよほど正しい判断をしていたのだと、今ならわかります。私はといえば、意地になって最後まで続けてしまいました。部活動が就職に有利になるわけでも、単位の足しになるわけでもないのに。ただ「頑張っている同期がいるから自分も」という見栄だけで続けていたのです。そして今、当時の仲間で連絡を取り合っている人はひとりもいません。一体あれは何だったのだろうと、情けなくなります。
自分から動く力を育てられなかった後悔
大学時代、私は部活以外の場所で友達を作ることができませんでした。これが最も大きな後悔かもしれません。部活では先輩が話しかけてくれたので、自分はコミュニケーションが取れていると勘違いしていたのです。でも実際は、誰かが声をかけてくれるのを待っているだけでした。自分から仲間を作る力は、社会人になってから必要に迫られて身につけなければなりませんでした。
研究室の先輩がこつこつと努力している姿や、大学院への進学を決めた友達の姿が、あの頃の私にはとても地味に映っていました。なんと愚かだったのでしょう。3回生の夏頃までは研究室の同級生から声をかけてもらっていたように思いますが、それもだんだんと減っていきました。自分から声を上げる努力がまったく足りなかったのです。
もし過去に戻れるなら、部活に費やす時間を減らして、教室にいる友達に自分から話しかけなさいと言いたいです。もっとたくさんの本を読んで、将来の自分を想像する時間を持ちなさいと。アルバイトで社会を経験したり、思い切って旅に出たり、いろんなことにチャレンジしなさいと。社会で働く自分のイメージがまるでできていなかった当時の私は、どこかで「子どものままでいたい」と思っていたのかもしれません。
「からっぽ」を認めることから始まる変化
50歳を過ぎた今になって、ようやく過去を振り返り、日々少しずつ自分の中で整理することの大切さに気づきました。心の中がずっと「からっぽ」だと感じてきたのは、大学時代に身についてしまった悪い習慣のせいだったのかもしれません。自分の頭で考えず、流されるままに過ごしてしまったあの4年間が、その後の長い人生にこれほど影響を及ぼすとは思ってもいませんでした。
大学時代は、正直なところ覆い隠してしまいたいほど情けない時代です。けれど、こうして文章にして向き合うことで、少しずつ「あの頃の自分」を受け入れられるようになってきた気もしています。自分自身を変えるチャンスがあるなら、何歳であっても真摯に取り組みたい。そう思えるようになったことが、小さな成長なのかもしれません。
皆さんには、振り返ると胸が痛むような時期はありますか。そしてその痛みと、どのように折り合いをつけていらっしゃいますか。もしよければ、聞かせていただけると嬉しいです。

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