子どもの頃、落語の番組で噺家さんが「間」の大切さと難しさについて語っているのを見たことがあります。あの時はまだ、「言いたいことと次の言いたいことの間を空ければいいのかな?」くらいにしか思っていませんでした。でもそれ以来、人が話すときの「間」を何となく観察するようになったんです。
それから何十年も経った今、ようやく「間」というものが少しずつ分かってきた気がしています。気がしている、というのがポイントで、実際にはまだまだ難しいのです。つい先日も仕事の音声チャットで同僚と話すタイミングがかみ合わず、よく考えてみると、私のほうが相手の話を邪魔してしまっていたのかもしれません。
会話はキャッチボール、でもそれが本当に難しい
日本では「会話はキャッチボール」とよく言われますよね。投げて、受け取って、また投げ返す。シンプルなようでいて、私はこの感覚をつかむのに長い時間がかかりました。正直に言えば、長らく間違った解釈をしていたのだと思います。
新しいチームで仕事をするようになってから、輪の中で取り残されるような感覚を味わうことが増えました。周りの同僚たちはスラスラと言葉を紡ぎ、テンポよくやりとりを進めていきます。時には冗談を交えて笑い声が起こることもあって、「一体どうしたらあんなふうに話せるのだろう」と不思議に思ってしまいます。
私は考えながら話すと言葉が詰まりやすく、伝えたいことがうまく出てきません。特にオンラインミーティングで音声だけのやりとりになると、まだ考えている最中なのか、発言を待っているのかが伝わりにくくなります。まだ話の続きがあるのに、つなぎの言葉をうまく挟めないばかりに、沈黙が生まれてしまうこともしばしばです。
考えがまとまらないうちに焦って話し始めてしまうと、話があちこちに散らばってしまいます。的を射ない質問をしてしまったり、だんだん何の話をしているのか自分でも分からなくなったり。話すほうも聞いているほうも疲れるわりに、結局分かり合えないまま終わってしまうこともあります。話題が間延びしているうちに相手に遮られたり、自分がまだ理解したいと思っていることから話題が移ってしまったり。そんな経験を重ねるうちに、「自分は参加せずに静かにしていたほうが、全体がスムーズに進むのではないか」と感じるようになりました。
楽しくはないけれど、静かにしていたほうが迷惑をかけない。そんなふうに自分を納得させてきた部分があります。
「うまく話す」より「短く伝える」ことを目指して
50年以上生きてきて、会話の上達というのは一朝一夕にはいかないものだと痛感しています。でも最近、少し考え方を変えてみようと思うようになりました。会話を上手にすることを目指すのではなく、相手の言葉を受け入れながら、自分の意見を短く伝えることに集中してみる。それくらいなら、これからでもできるかもしれないと思ったのです。
声の調子や表情、言い方に少し気を配るだけで、伝わり方は変わるものです。話を占有しすぎないこと、相手の反応を見ながら言葉を選ぶこと。年齢を重ねたからこそ分かる「たたずまい」のようなものを、会話の中にも活かしていけたらいいなと思っています。
会話は日常の中でとても大きな役割を果たしています。まだまだ追いつけないことだらけですし、餅つきのように息を合わせるなんて、正直なところ気が抜けません。それでも、完璧を目指すのではなく、少しでも会話の時間を心地よいものにできたら、それだけで十分なのかもしれません。
みなさんは、会話の「間」で戸惑った経験はありますか?もしそんな経験があるなら、どんなふうに乗り越えてこられたのか、ぜひ聞かせていただけたら嬉しいです。


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