ある日、私は突然家事をやめました。
もともと家事はしっかりやるタイプでしたし、それが当たり前だと思って長年やってきました。けれど、夫と一緒に暮らし始めてから数年間、生活スタイルの違いに悩み続けていたのです。特に晩ごはんのタイミングが合わないことが地味にストレスで、毎日イライラが募っていきました。「自分の家なのだから、せめて自分の好きなようにしたい」——そんな気持ちがどんどん膨らんで、心が煮詰まってしまったのです。
50年以上生きてきて思うのは、「こうあるべき」という思い込みほど自分を苦しめるものはないということです。家事をやめるという選択は、当時の私にとっては大きな冒険でした。でもその冒険が、夫婦のかたちを変えるきっかけになったのです。
家事をやめたら、夫が動き出した
家事をやめてみると、最初は夫も不満そうでした。でも、「自分が必要だと思うなら自分でやる。必要でないことまでは引き受けない」というスタンスを見せたことで、少しずつ変化が起きました。夫が自分から家事をするようになったのです。
今では、食事の支度や洗濯は夫のほうが多くやってくれています。正直なところ、なぜ夫がここまで自然に家事をこなせるのか、最初は不思議でした。後から聞いた話ですが、夫のお母さんは家計を支えるために必死で働いていた方だったそうです。お父さんに十分な稼ぎがない中、3人のお子さんを育てながら懸命に働いていたため、夫は幼いころから自分で朝食を作り、親を起こし、家事を担っていたとのことでした。
その話を聞いたとき、胸が少し痛みました。夫にとって家事は「やらざるを得なかったもの」だったのかもしれません。けれど、その経験が今の夫の頼もしさにつながっていると思うと、複雑な気持ちになりながらも感謝の思いが湧いてきます。
ぶつかりながら見つけた、私たちなりの「折り合い」
とはいえ、すべてが順調に進んだわけではありません。コミュニケーションがうまくいかない時期もありましたし、特にお金の話になると、なかなか前に進まないこともありました。話し合おうとしても感情的になってしまったり、相手が応じてくれなかったりすると、何年も時間がかかることもあります。
私たちには子供がいません。経済面では私のほうが多く稼いでいるという事情もあり、「一緒に暮らしていけるかどうか」を冷静に天秤にかけることができた部分はあると思います。引っ越しをして経済的に少し余裕が出てきたことも大きく、お金に関する話し合いが少しずつ前に進むようになりました。コミュニケーションができる環境を整えるために大きな決断をしたことは、結果的に正解だったと感じています。
夫婦の間には、セックスレスの問題もありました。家事のこと、お金のこと、そして夫婦としての親密さのこと——いろんな不満が重なって、私の気持ちが爆発してしまった時期もあります。助け合えなければ夫婦を続けることはできない、と本気で思いました。
だからこそ、「役割分担」という考え方には少し慎重になっています。役割を決めてしまうと、「あなたの担当でしょう」と相手を責める材料になりかねません。それよりも、お互いが「自分に必要なことは自分でやる」という姿勢を基本にしつつ、影響し合う部分や助け合える部分を確認していくほうが、長い目で見て健全だと感じています。
家族づくりは、ゼロから手がける「事業」のようなもの
家事は何をどれくらい、いつ、どのようにやるか、人それぞれです。やるのが当然だと思っていたことが、実はやらなくても困らなかったという発見もありますし、逆に「これだけは譲れない」というこだわりが見えてくることもあります。
大切なのは、自宅が十分に安らげる場所、自分を回復できる場所であること。それは最初から用意されているものではなく、ゼロから二人で作り上げていくものです。最初はぶつかり合うこともありますし、話が思うように進まない苦しい時期もあるでしょう。でも、ここはじっくり時間をかけていい部分です。
50代になった今、振り返って思うのは、結婚や同居は準備なしに飛び込むものではないということです。できれば一緒に暮らしてみて、相手の家事能力や協力姿勢、そして何より自分自身の体力や感情がついていけるかを確認することが大切です。悲観的なケースも想定しながら、十分に準備をして臨む。家族づくりとは、それくらい真剣に取り組む価値のある「事業」なのだと思います。
家事ができる人が家庭の中に増えれば、暮らしはぐんと快適になります。そしてその過程で、夫婦の絆も少しずつ深まっていくのではないでしょうか。
皆さんの家庭では、家事についてどんなふうに折り合いをつけていますか?もし今まさに悩んでいる方がいらっしゃったら、「やめてみる」という選択肢も一つの手かもしれません。皆さんなりの「家族づくり」のヒント、よかったらぜひ聞かせてくださいね。

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