30歳を目前にして上京したのは、もう20年以上も前のことです。男尊女卑の時代。当時の私は、とにかく経験を積みたい一心で必死に働いていました。やりがいのある仕事ではありました。でも、常に納期のプレッシャーに追われる毎日は、想像以上に心をすり減らすものでした。
2年が経った頃、精神的に限界を感じて上司に「辞めたい」と相談しました。返ってきた言葉は、「石の上にも3年というのだから、あと1年がんばれ」。当時の私は素直に、社会とはそういうものなのだと思い、その言葉に従うことにしました。けれど、このときから完全に自己肯定感を失ってしまったように思います。もがきながら毎日を過ごし、ついには精神科に通うことになりました。
引き留められた先に待っていたもの
3年が経ち、まだ精神的な限界を抱えたまま、再び同じ上司に退職の意思を伝えました。上司は会社に掛け合ってくれましたが、会社からは「まだ働いてほしい」と言っていただきました。その言葉に感謝して仕事を続けたものの、だんだん体にも限界がきてしまいました。続けて休んだり、体調不良で苦しんだりする日々が続き、ついに出社することすらできなくなってしまったのです。
ありがたいことに、1年ほど休職させていただけることになりました。しかし、自宅にいてもなぜか心も体も休まりません。そもそも人間が3年も我慢し続けられるわけがなかったのです。我慢を重ねた代償は、思っていた以上に大きなものでした。
休職期間が終わり、異動という形で復帰しましたが、新しい通勤環境や職場の人間関係に適応できず、ついに会社から退職を通告されてしまいました。「仕事を紹介するから」と言われましたが、その内容はテレワークのWEBサービスに登録してフリーランスとして働けというもの。独立してやっていけるだけの実力がない私にとって、それは事実上の失職でした。
あんなに引き留めてくれた人から「辞めろ」と言われたとき、頭がこんがらがりました。何が起こっているのか、すぐには理解できませんでした。紹介の用紙を受け取って会社を出てから、じわじわと「もう戻ることはないんだ」と自覚したのでした。後悔先に立たず、とはまさにこのことです。
回復できなくなる前に立ち止まる勇気
長い時間をかけて振り返って思うのは、やはり最初に「辛い」と感じたときにスパッと辞めておくべきだったということです。上司の言うままに同じ職場で働き続けたところで、環境が改善されるわけがありません。働き方や仕事への向き合い方について、しっかり距離をとって冷静に考える時間が必要でした。
冷静に考えれば、次の仕事が決まらないまま退職していたとしても、すぐに生活が破綻するほどお金がなかったわけではありません。じっくりと将来の自分に向き合う時間を持てたはずです。でも、精神的に病んでしまった私にはそれができませんでした。重症になる前に辞めていれば、もっと早く回復できたかもしれません。
最初に「辞めたい」と伝えたとき、本当は心が決まっていたはずなのです。それなのに他人の言葉に流され、他人軸で生き始めてしまいました。自分で自分の決断を信じていれば、違った人生を歩んでいたかもしれません。少なくとも、面と向かって「辞めろ」と言われるような経験はしなくて済んだのではないかと思います。
無理な働き方は身の破滅——今だから言えること
50代になった今、この経験から学んだことがあります。それは、無理して働いてもいいことはないということ。そして、自分がどのような人物になりたいのかを明確にすることの大切さです。場当たり的に耐え続けるのではなく、自分の目標に向かって努力することこそが本当の意味での「がんばる」ということなのだと、今ならわかります。
あの苦しい経験があったからこそ、今の勤め先ではめったなことでは辞めないと心に決めています。それは我慢して続けるという意味ではなく、自分の意思で選んだ場所で、自分らしく働き続けるという覚悟です。
「石の上にも3年」という言葉は、確かに忍耐の大切さを教えてくれます。でも、心や体が壊れるほどの我慢は忍耐とは呼べないのではないでしょうか。皆さんは今、自分の心の声にちゃんと耳を傾けていますか?もし「辛い」と感じているなら、その気持ちを誰かに——そして何より自分自身に——正直に伝えてあげてほしいと思います。

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